元興寺 Gango-ji

 世界遺産古都奈良の文化財

宗 派  真言律宗

開 基  蘇我馬子

本 尊  阿弥陀如来

 花   萩

〒630-8392  奈良市中院町11

 593年11月蘇我馬子、法興寺(現 飛鳥寺)建立。平城遷都にともない、718年法興寺を平城京に移建、 寺名を元興寺に改める。南都七大寺のひとつに数えられる大寺であった。極楽坊はかつての僧房の一部。行基葺きと呼ぶ特殊な葺き方をした屋根をもつ本堂(国宝)、 天平の僧房の様式を伝える禅室(国宝)、元興寺大塔のヒナ型といわれる五重小塔(国宝)、本尊阿弥陀如来坐像(重文)ほか寺宝は多い。 極楽坊の智光曼荼羅(ちこうまんだら・重文)は浄土三曼荼羅のひとつで中世庶民信仰を伝えるものとして名高い。

 

左境内案内板

真言律宗 元興寺

 ここは大寺元興寺のもとの僧坊の遺構です。四棟(それぞれに一小子坊附属)あった僧坊の最後まで遺った一棟(小子坊付)の部分です。現在の極楽堂・禅室はもと一棟の僧坊で現存する最大級の僧坊遺構といわれています。(国宝指定)
 もともと僧坊とは僧侶が学修し寄宿するところで、かつては多くの学僧がこの僧坊で三輪・法相の学問・求道を実践された場所です。
 大寺元興寺は律令国家の崩壊とともに衰退し、この僧坊は三輪智者智光法師に因む阿弥陀浄土変相図(智光曼荼羅)を本尊とする聖堂(極楽堂・曼荼羅堂)と道場(禅室・僧坊)に改築され、庶民信仰の霊場にかわりました。

 現在の第一収蔵庫、第二収蔵庫に遺る文化財の数々は平安時代末期以降江戸時代初期に亘る人々の信仰や精神を生々しく語りかけてきます。
 現在の堂宇は鎌倉時代改築後の姿をとどめていますが、主要材は奈良時代創建当初のものが転用されています。また極楽堂と禅室の屋根に一部みられる行基葺の瓦の中には、元興寺の前身法興寺(飛鳥寺)から移されたものが遺っています。百済の瓦博士が指導して日本で最初に造られた古瓦が現在も風雨に耐えて働いている姿は、感動的なものです。
 旧奈良町のただ中に半ば奇蹟的に遺っているこの寺は周囲の人々や関係機関と真言と律を実践した西大寺中興開山興正菩薩叡尊(思圓上人)の弟子達によって守ってこられました。
 皆様方のご縁によってこの寺を未来まで活し守りつづけたいものです。

元興寺一同 合掌

  元興寺の写真と解説